シェイ式蒸気機関車

大正8年(1919)、津軽森林鉄道を走っていたアメリカ製のシェイ式蒸気機関車(歯車式)が、青森大林区書(青森営林局)より6万円で保管転換されました。約1年半をかけて、整備と試運転を重ね、運行の準備が完了。大正10年(1921)2月、逆勾配区間の釈迦ケ生〜久木間(4.4km)で実車の引き上げを行い、魚梁瀬森林鉄道の1号車が誕生します。しかし、速度が遅く、牽引力もなく、脱線も頻繁に起こしていたため、実用化には至りませんでした。その後、1号車は田野貯木場で構内用として使用され、大正14年(1925)に廃車となりました。
ワルシャード式蒸気機関車

大正10年(1921)、H.Kポーター社製(アメリカ)のB型サイドタンク機(重量:10t)を2輌購入。2号車、3号車としました。大正11年(1922)に木材の運搬を開始。石仙と田野を結ぶ41.59kmの区間を走り、4〜12輌のボギー式運材貨車を牽引しました。大正13年(1924)には、H.Kポーター社より蒸気機関車を1輌追加購入し、4号車が誕生します。蒸気機関車の弁がワルシャード式であったため、地域では「ワルシャードの蒸気機関車」の名で親しまれました。
国産蒸気機関車の登場
昭和17年(1942)、大阪・田中機械製作所が製作したH.Kポーター社タイプの機関車を購入。5号車の名番がつけられましたが、昭和27年(1952)に3号車が事故で廃車となり、この機関車が3号車に改番されます。昭和19年(1944)には、東京・八島製作所製のB型サイドタンク蒸気機関車を購入。新5号車として入線しました。
走行部のディーゼル化転用
昭和26年(1951)に機関車のディーゼル化改造計画が作られました。昭和29年(1954)に4号車が、昭和30年(1955)には2号車が廃車となり、奈半利鉄工場で走行部がディーゼルエンジンに転用されます。また、3号車に改番した蒸気機関車も同様にディーゼル化され、新しいエンジンを積んで、森林軌道を走りました。
資料
魚梁瀬森林鉄道(RM LIBRARY(29))/舛本成行(著)・寺田正/出版:ネコパブリッシング
林鉄・寺田正写真集/寺田正/発行:寺田正写真集刊行会













